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自由と不自由の分かれ目とは? 〜選択の自由のメリット〜

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今回は
”自由と不自由の分かれ目とは?”
という内容です。
 
 
 
 
 
『自由』には
『選択』の権利があり、
 
そこには
自分が望むものを選べる
『喜び』があります。
 
 
 
 
 
 
一方
『不自由』には
『選択肢』が無く、
 
自分がコントロール出来ない状況は
『自律神経』が乱れ
『幸福度』を下げる要因となります。
 
 
 
 
 
では
『不自由』を減らし
『自由』となるには、
 
どうすれば良いのでしょうか?
 
 
 
 
 
 
その内容とは、
 
①選ばされる不自由
②価値観の影響は受け継がれる
③ゴール設定は自由の選択
 
というものです。
 
 
 
 
 
 
 
【誰かに選ばされる不自由】
 
 
 
 
 
 
多くの人は
『自由』を欲していますが、
 
それは
『不自由』を感じているからです。
 
 
 
 
 
 
この
『不自由』とは
「自分の思い通りにならない」ことですが、
 
本来は
「思い通りにならない」ことは
「自分でどうすることも出来ない」
ことなので、
 
自然の摂理的に
そこに『労力』を割く必要はありません。
 
 
 
 
 
 
例えば
人間が「空を飛ぶ」ことは
体の構造上不可能なので、
 
そこに『努力』をしても
大きな発展は得られません。
 
 
 
 
 
 
しかし
「空を飛ぶ道具」を作ることで、
 
そこに乗り込み
「空中を移動する」ことは可能です。
 
 
 
 
 
 
このように
「自力で空を飛ぶ」ことが難しいため、
 
『代替案』を用意して
同じ『機能』『結果』を
受け取れるようにしたのが、
『道具』の発展ですが、
 
 
「思い通りにしたい!」
という『欲望』は、
 
大抵の場合
「自力で空を飛ぶ」レベルの
「不可能な願い」だったりします。
 
 
 
 
 
 
だからこそ
代替案で『プチ満足』を
得ようとするのですが、
 
 
この「思い通りにしたい!」
という『欲望』と、
 
それを満足させる
『代替案』をセットにして、
 
『商売』をするのが
『洗脳』です。
 
 
 
 
 
 
例えば
「いつまでも健康な状態でいたい」
という『安全欲求』がありますが、
 
人には『寿命』があるし
『事故』や『病気』は
いつ訪れるか分かりません。
 
 
 
この「いつまでも健康でいたい」
という『欲望』は
体のシステム上『不可能』なので、
 
「年老いても、せめて元気でいたい」
などの『代替案』に収めて
考えようとしますが、
 
 
 
「病気になったとしても、
医療の力で健康を取り戻せる」
という『代替案』と、
 
「いつまでも健康でいたい」という
『欲望』を想起させることを
セットにして『販売』するのが、
 
『保険』だったりします。
 
 
 
 
 
 
『保険』自体のシステムは
あっても良いと思うのですが、
 
『不安』を植え付け
「不安のはけ口」として
『商品』を用意するという、
 
『選択肢』の無さが
『洗脳』的な手法と言えます。
 
 
 
 
 
 
なぜなら
『恐怖』が生まれると
『IQ』が下がり、
 
それによって
冷静な判断が出来なくなると、
 
『不安』を取り除くために
慌て『回避行動』を取ろうとするからです。
 
 
 
 
 
 
つまり
『防衛本能』から
「保険を契約する」ことが
避けられない状況は
『選択肢』が無く、
 
そのように仕向けることは
『洗脳的』であると言えます。
 
 
 
 
 
 
そして
『冷静』になって
『保険』を見直してみても、
 
一度植え付けられた『恐怖』は
何度もフラッシュバックするため、
 
いざ見直しのタイミングとなると
冷静さが失われてしまい、
 
「やっぱり怖いから
見直しは辞めておこう」という
心理が働きやすくなります。
 
 
 
 
 
 
といっても
その『判断』自体は
自分で納得しているものなら良くて、
 
ここで言いたいことは
『IQ』が瞬間的に下がることで
『洗脳』のスイッチが
何度も入ってしまうことがある。
 
という『事実』を知っておくことが
重要だということです。
 
 
 
 
 
 
そして
このように
『IQ』が下がることや、
 
『洗脳』によって判断力が低下し
『セールスマン』や『CM』によって
『恐怖の価値観』が植え付けられることが、
 
『不自由』の原因と言えます。
 
 
 
 
 
 
ちなみに
ここで言う『洗脳』とは、
 
他者が、
その人にとって
都合の良い心理状態を作り出す
ことを指し、
 
例えば
「商品を買わないとヤバいことになる」
という『恐怖』が植え付けられるとは
『洗脳』と言えます。
 
 
 
 
 
 
その『洗脳』を見分ける方法の一つが、
 
後で冷静なって
「やっぱりいらなかったかも」
と思えるかどうか?で、
 
例えば
『保険』の場合は、
 
・事故の確率と
・治療費と
・生涯の掛け金の合計などを
計算し、
 
また
『事故の恐怖心』に対して
「気持ちの落ち着く度合い」などを
加味したうえで、
 
後からじっくり考えて
「やっぱりいらない」とか
「この位は必要だな」などの、
 
 
『冷静な判断』が下せた時は
『洗脳』が薄くなっていると言えます。
 
 
 
 
 
 
と言っても
誰しも『価値観』を持っていますが、
 
この『価値観』自体が
誰かの『影響』から生まれており、
 
それらも含めて『洗脳』と呼ぶには
少し物騒なので、
 
ここでは
「誰かの都合」によって
思考を歪められることを
『洗脳』としています。
 
 
 
 
 
 
そして
不可能な『欲望』を与えられ、
 
「その欲望を満たさないと、
自分は幸せにはなれない」などの
無理のある『価値観』が多いほど、
 
『不自由』を
感じやすくなります。
 
 
 
 
 
 
つまり
『不自由』は、
 
「誰かの都合」によって
生まれている可能性が高く、
 
それらの
他者から影響を受けていることが前提の
『価値観』を優先するほど、
 
『自由』から
遠ざかっていると言えます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
【良くも悪くも価値観は与えられている】
 
 
 
 
 
 
では
「『犯罪』を犯してはいけません。」
というのは、
 
『洗脳』的な『価値観』なのか?
というと、
そうではありません。
 
 
 
 
 
 
なぜなら
『犯罪』は、
 
回り回って
自分の首を締めるため、
 
結局は誰のためにもならない
『負のスパイラル』を生むもので、
 
『不幸』への歯止めをかけるために
「犯罪の抑止」が行われているからです。
 
 
 
 
 
 
というのも
『脳』は
「自分」と「他人」を区別出来ないため、
 
他人の不幸を願ったり
傷つけたりすることで、
 
「自分に災いが降りかかっている」と判断し
実際にそうなるように
環境を調整していき、
 
『不幸』がブーメランしてきます。
 
 
 
 
 
 
こうならないため
予め危険なルートを潰しておく
『価値観』や『法律』などがあり、
 
これらは
『不自由』から離れ
『自由』に近づくことに繋がります。
 
 
 
 
 
 
つまり
他者を犠牲にしたうえでの
『欲望』は『不自由』を生み、
 
 
さらに
本能的にも「やりたくない」
と思っていることであるため、
 
「他者を犠牲にしてでも
やりたいと思っていることが叶わないから
不自由だと感じる」というマインドは、
 
『負のスパイラル』が
激しく働いています。
 
 
 
 
 
 
 
このように
他者の思惑に巻き込まれることと
犠牲の上に成り立つ欲望を持つことで、
 
『不自由』は生まれていきます。
 
 
 
 
 
 
そして
逆に言えば
これらを手放すことで
『自由』を手に入れることか出来る
と言えます。
 
 
 
 
 
 
例えば
「お金を稼がないと幸せになれない」
というマインドを持っている人がいますが、
 
これは
『銀行』が仕掛けた『洗脳』で、
 
「裕福な生活が出来ない人は可哀想」
という価値観を、
『テレビ』の世界観から演出することで
『無意識』に刷り込まれていたりします。
 
 
 
 
 
 
テレビで無くとも
例えば
親や周囲の人達から、
 
「お金が全てなんだ」という
『影響』を受けることで、
 
「お金が無いと不自由」
「お金があれば自由」というマインドが
無意識に作られていきます。
 
 
 
 
 
 
このように
「他者から与えられた価値観」や
「他者の思惑」に乗ってしまうことで、
 
『自分の価値観』を失い
『価値観の自由』が無くなっている
状態となりますが、
 
これらを解放し
『自分の価値観』を持つことで
『自由』に近づきます。
 
 
 
 
 
 
 
【ゴールを設定することで自由を選べる】
 
 
 
 
 
 
では
どのように「他者の価値観」を手放し
『自分なりの自由』を
手に入れれば良いのか?
というと、
 
『ゴール』を持つことです。
 
 
 
 
 
 
と言っても
『ゴール』を設定する最初の段階では
無意識レベルで、
 
今まで受け入れてきた
「他者の都合」による
ゴール設定をしてしまいがちですが、
 
ここでは
「自分が本当にやりたいこと」や
「ついつい楽しくてやってしまうこと」を
よく考えて設定しましょう。
 
 
 
 
 
 
こうして
「自分は何が好きなのか?」を考えることで
『不自由』な選択肢から解放され、
『自由』に近づくことが出来ます。
 
 
 
 
 
そして
『ゴール』に近づいていくことで、
 
『クセ』づいた
「他者の価値観」からも解放されていき、
 
『自由』への歩みが
進んでいきます。
 
 
 
 
 
 
また
「好きなこと」を設定し
他者の価値観から解放されていくと、
 
『洗脳』が解けて
『冷静』に物事を見ることが
出来るようになりますが、
 
「好きなこと」は
他者が用意した
『価値観』だったりするので、
 
生きていくうえでは
どこかで『影響』を受けることになります。
 
 
 
 
 
 
ここで言う『影響』とは、
 
他者が作った
ゲシュタルト』や『世界観』を
受け入れるという意味なので、
 
『洗脳』的ではなく
『自己催眠』のほうが
表現が近いものです。
 
 
 
 
 
 
もっと言うと
「他者から良い影響を受けよう」という
『選択肢』があることが
『自由』があると言えます。
 
 
 
 
 
 
つまり
他者の価値観から逃れらない場合は
『洗脳』であり
『不自由』な状態ですが、
 
他者の価値観を選んで
「取り入れたい」と思っている場合は
『成長』的で
選択の『自由』が存在しています。
 
 
 
 
 
 
このように
「自分が求めているかどうか?」が、
 
『自由』と『不自由』の
分かれ目と言えます。
 
 
 
 
 
 
 
 
【まとめ】
 
 
 
 
以上が
”自由と不自由の分かれ目”
の紹介でした。
 
 
 
 
 
 
『自由』とは
『不自由』が無い状態と言えますが、
 
『不可能』な欲望を持ったり
他者から「持たされる」ことで
『不自由度』が増していくと言えます。
 
 
 
 
 
 
表現が少々物騒ですが
他者から『不安』を煽られることは
一種の『洗脳』的手法であり、
 
知らずのうちに
『価値観』が書き換わっている
場合があります。
 
 
 
 
 
 
そんな時は
「好きなこと」や
「ついついやってしまう」ことを踏まえた
『ゴール』を設定しておくと良く、
 
そうすることで
『不安』から離れ
『洗脳』的な状態が解けていきます。
 
 
 
 
 
 
そして
自ら選んで『価値観』を取り入れることは、
 
『洗脳』ではなく
『選択』なので、
 
心の底から
「自分のやりたいこと」に
向き合うことが出来れば、
 
『自由』を獲得することが出来ます。
 
 
 
 
 
 
それが例え
誰かの『思惑』から
始まった『影響』だとしても、
 
それらを理解し
踏まえたうえでの決断なら、
 
『不自由』の苦しみは少なくなり
『自由』を謳歌することが出来るでしょう。
 
 
 
 
 
 
要は
人の意見に
『賛同』するか、させられるかの違いが、
 
ここが
『自由』と『不自由』の
分かれ目と言えます。
 
 
 
 
 
 
「好きなこと」
「やりたいこと」を
自らで『選択』し、
 
『自由』を
謳歌してみて下さい。
 
 
 
 
 
 
 
 
それでは良き人生を。
 
 
 
 
 
 
 
 
ありがとうございました。
 
 
 
 
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